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「走るのは無理」と言われた私が、10年前に見つけた「自分を救うエネルギー」の正体

尾崎ゆみのプライベート&気づき

2026/06/10

毛穴から吸い込む、初夏の「色彩の処方箋」

今日は久しぶりに、新緑が眩しい大きな公園へジョギングに出かけてきました。

見上げるような青空、降り注ぐ太陽、そして頬を撫でる風。 生い茂る木々の新緑や、色とりどりの花々。

それらの自然のエネルギーが、まるで毛穴から全身に染み込んでいくような感覚。 ヴィダモールが大切にしている「色彩のエネルギー」を全身で吸収し、私自身の「心の凪(なぎ)」が深く満たされていくのを感じた午後でした 。

「足を鍛えたい」―― 分厚く高い壁の前で聞こえた私の心の声

今でこそジョギングを楽しんでいる私ですが、実は10年前、仕事で大きな壁に直面し、心身ともに追い詰められていた時期がありました。

当時の私は体力に全く自信がなく、何より不安だったのは「足」のことでした。 30代の頃に右足の太腿に出来た腫瘍を摘出する手術を経験しており、左足に比べて筋肉も少なく、主治医からは「これから先、走ることは難しくなるでしょう」と宣告されていたのです。

「自分はもう走ることはない」 そう決めつけ、「走る」なんて選択肢は自分の人生から削除していたのですが、仕事の大きな壁を乗り越える為に「どうしても体力も脚力もつけたい」そうずっと考えていたのです。

すると、あるとき 心の奥底から、理屈ではない、強い響きが聞こえてきました。

「歩け。歩け」

その声に導かれるように、私はウォーキングを日課にするようになりました。

「走れ」―― 医師の言葉よりも、自分の「真実」を信じた日

最初は、ただ夢中で歩くだけでした。 でも、毎日「練習」を続けているうちに、内なる声は変化していきました。

「走れ。走れ」そう、はっきり聴こえたのです・・・

「でも、先生は無理だって……」「足に筋肉がないし……」 頭(思考)は次々とできない理由を並べます。

でも、私の魂はもう、その先の景色を見ようとしていました。

マイペースで、少しずつ。歩くのと変わらないような速さから、走り始めました。最初の頃、100メートルも走れませんでした。けれど、距離などどうでもよかったのです。「走っている自分」と共振している時の私はとにかく幸せでした。

すると、不思議なことが起きたのです。 筋肉や体力の問題を越えて、内側から、理屈では説明できない「内側から湧き出てくるパワー」が全身に満ちてくるのを感じました。それは、私の身体を遥かに超える大きなパワーで、そのパワーで満たされた私は「感謝」の思いで包みこまれ「私は守られ導かれている」という不思議な確信がありました。

それは、外側の「正解(医師の診断)」ではなく、自分の内側の「真実」に意識の矢印を向けなおしたことで、止まっていたエネルギーが再び循環し始めた瞬間でした。

ウォーキングやジョギングは、自分を置き去りにしないための「サンクチュアリ(聖域)」時間だった

不倫問題やパートナーシップの嵐の中にいるとき、私たちの「意識の矢印」は、常に相手の言動という外側の激しい波に向いています。 そんな時、屋外のウォーキングやジョギングは、強制的に視点を自分に戻してくれる「動的な聖域」になります。

流れる景色、自分の呼吸、地面を蹴る感覚。 五感を通じて「今この瞬間の自分に集中する」ことは、外側に漏れ出していたエネルギーを回収し、自分自身を慈しむ(ピンクの自愛)プロセスそのものです。

私が10年前に見つけた「理屈を超えたパワー」は、アスリートのような強さではありません。 それは、「どんな状態の自分も、決して置き去りにしない」という覚悟が生んだ、静かでしなやかな強さでした。

7~8年くらい前の私。走って「ゆでだこ」の様です(笑)ジョギング中は沢山の自然と触れ合い、写真もいっぱい撮りました。

結び:あなたの中の「小さな声」を迎えに行こう

今、もしあなたが暗闇の中で立ち止まっているのなら、無理に走ろうとしなくて大丈夫です。 部屋の「一脚の椅子」に座るだけでもいい。ベランダで外の空気を吸うだけでもいい。

大切なのは、あなた自身の「今、どうしたい?」という微かな声を聴き漏らさないこと。

完璧にできなくてもいいんです。私もあなたと同じ、人生を学び続ける「学徒」として、今も自分を整える練習を続けています。

その一歩の積み重ねが、いつかあなたを、心の底から安心できる「凪(なぎ)」の場所へと運んでくれます。

ヴィダモール

尾崎ゆみ

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